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【ナベノ-イズム】日本とフランスの食文化を融合させ、新たな食の歴史にその名を刻むフレンチシェフ

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「日本の食文化を世界に発信していく」。そんなポケットコンシェルジュのビジョンから始まったインタビュー特集です。日本で活躍する一流レストランのシェフを取材し、レストランに対する思いや、料理人としての考え方などを紹介していきます。

第六回

『レストラン ナベノ-イズム (Nabeno-Ism)』渡辺雄一郎

日本の三つ星レストランとして有名な『ガストロノミー ジョエル・ロブション』で、エグゼクティブシェフとしてその星を守り続けた渡辺雄一郎氏が、2016年7月に満を持してオープンしたのが、東京・浅草の『ナベノ-イズム』だ。浅草ならではの食材を生かし、フランス料理の技法を用いて生み出された料理が瞬く間に評判を呼び、2017年版のミシュランでは、早くも一つ星を獲得している。今回のインタビューでは、渡辺氏が開業に込めた思いや店づくりの考え方などについて語っていただいた。

Pick up topics
1. 江戸の食文化とフランス料理の融合にチャレンジし、星降る夜に開業した想い
2. 学生時代に憧れを抱いたジョエル・ロブション氏の店で、21年の鍛錬を重ねる
3. 器、料理に緻密なストーリーを描いて表現する『ナベノ-イズム』の店づくり

ナベノイズム_渡辺シェフインタビュー1

江戸の食文化とフランス料理の融合にチャレンジし、星降る夜に開業した想い

――― 2016年7月7日に東京・浅草で開業されていますが、七夕の日にオープンされたのですね。

そうですね。この日を選んだのは、まず7月7日は七夕様の日なので、お客様が覚えやすいのではないかなと思ったのです。あとは、私たちは常に星を意識する仕事なので、星が降りそそぐ縁起のいい日だからです。天の川があって、そしてお店の横を流れている隅田川があってという、ちょっとしたストーリーも自分のなかでイメージしていました。星が降ればいいなという想いですね。満天の星空から、星がいくつか降ってきたら嬉しいなという想いです。

――― それはミシュランの星ということですね。

そうですね。私はフランスでの旅行や修業していたときは、必ずミシュラン・レッドガイドを買っていました。日本のミシュランも2016年版を除けば揃っています。星付きのレストランは、旅行でも修業でも、必ず意識していますね。本をペラペラとめくりながら、ここで働きたいなって思っていましたし、いろんな自分の野望というか、さまざまなイメージを膨らませた思い出があります。だから、あの赤い分厚い本を見ると、ものすごく身が引き締まるというか、初心に帰ることができます。あと全部年ごとで分かれていて、その年の思い出も一緒に残せるので、私にとって足跡みたいな感じですね。

――― お店のデザインに取り入れていらっしゃる家紋も、星に通ずるものがありますね。

渡辺星ですね。家紋について調べると、オリオン座の真ん中にある3つの星が渡辺星と言われていて、すごく運命を感じています。縁起がいいので店のロゴマークにさせていただきました。特に象徴的なのは飾り皿のデザインです。これは幼なじみの陶芸家の伊東晃氏に作ってもらったのですが、表面のロゴの部分が封蝋をイメージした陶器、本体は木でできています。コース料理のアミューズは、飾り皿を裏返した木の面にのせるのですが、その木目も隅田川の流れをイメージしていて、あえて横のラインに揃えています。そして、このアミューズで必ずガスパチョをお出しするのですが、こちらで使う器も渡辺星の家紋をイメージしています。黒い鉢形の器で大きな丸一つ、淵にかけたオレンジの皿で小さな丸3つで表現しました。黒い器に氷を入れることで、『ナベノ-イズム』のテーマカラーである黒、オレンジ、白もデザインに取り入れています。

ナベノイズム_飾り皿

『ナベノ-イズム』の飾り皿

――― 立地は、なぜ浅草を選ばれたのですか?

日本の食文化のルーツの中に、異国の文化であるフランス料理を融合させることに対して、チャレンジしたかったのです。江戸の食文化は江戸時代に花開き、それが現在でも続いているのが、浅草だと思うんです。江戸の食文化はこの地に根づいていて、近隣の最中屋さんやドジョウ屋さんなどは、江戸時代から200年以上続いてますし、そういった歴史の部分が国内でも全然違うなと思っています。あとは、店の横に水辺があって、歴史を感じさせる街並みがあることが私の気質に合っていて、すっと馴染むというか、居心地がいいんです。

ナベノイズム_渡辺シェフインタビュー 満天の星空から、星がいくつか降ってきたら嬉しいなという想いです

学生時代に憧れを抱いたジョエル・ロブション氏の店で、21年の鍛錬を重ねる

――― 渡辺シェフの修業先として知られているのは『ジョエル・ロブション』ですが、21年間という、かなり長い期間働かれていますね。

私は「石の上にも三年」ということわざが好きなんです。ちなみに、いままでの修業先はいずれも長い期間働いています。初めの修業先の『ル・マエストロ ポール・ポキューズ ・トーキョー』は、途中フランスの別の店で修業していた時期もありましたが、トータルで5年、『タイユヴァン・ロブション』が10年、『ジョエル・ロブション』が11年です。なぜこれだけ長く働いたかというと、これは私の辻調理師専門学校時代の恩師の言葉がきっかけなんです。その恩師は辻調のフランス校時代にお世話になった木下先生という方なのですが、当時、先生に「料理人って店を変わる転機というか、タイミングってどのように考えればいいんですか?」とお伺いしました。将来を考えていろんなジャンルを学んで、どのようにして店を持つんだろうかと疑問だったわけです。すると木下先生に「なべちゃん、修業先の料理長なりオーナーなりが、君が抜けられたらちょっと困る、もうちょっといてくれと引き止められるまで働きなさい。そういう店にとってのキーマンになるまで、納得いくまで働きなさい」と言われたんです。私はそれを守っただけです。

――― 『ジョエル・ロブション』で働くきっかけは何だったのでしょうか?

シェフである、ジョエル・ロブションさんとの出会いは、辻調フランス校の生徒時代です。パリで一番初めに行ったミシュラン三つ星のレストランが、ロブションさんが経営していた『ジャマン』というフレンチレストランでした。そこで食べた「ジュレ・ド・キャビア クレム・ド・シューフルール(キャビアと甲殻類のジュレになめらかなカリフラワーのクレーム)」というロブションさんのスペシャリテに、今までにない衝撃を受けたんです。キャビアとオマール海老のゼリーとカリフラワーのなめらかなクリームを三層に重ねる、ロブションさんのシグネチャーディッシュで、20世紀三大料理の一つに選ばれています。それを食べた瞬間「この料理の秘密が知りたい」と思ったんです。その衝撃がずっと頭の中に残っていてる状態で、当時『 ポール・ボキューズ・トーキョー』で働いていたときに「ロブションとタイユヴァンが組んでレストランをやるらしいぞ」という噂が流れてきたんです。そこで、また木下先生に「ロブションさんのレストランで働きたいんです」と相談させていただきました。そして、当時『タイユヴァン・ロブション』の日本人シェフに抜擢されていて、現在は『モナリザ』のオーナーシェフである河野透さんをご紹介いただいて、面接していただいたんです。日本中のシェフが面接に来ていましたが、その中を通過して無事に働くことができました。

――― 『タイユヴァン・ロブション』オープン当初のロブションさんは、どのような印象でしたか?

『タイユヴァン・ロブション』は、ロブションさんにとって、ガストロノミーレストランとして初の海外支店でした。パリの本店と同じ料理をやるということで、ロブションさんからのプレッシャーがすごかったですね。トップギアでエンジン全開といった感じで、毎日怒鳴られていました。キッチンにいる皆が震え上がっていましたね。

――― 料理の試作などはどうされていたのですか?

私たちが試作を作ることもありますが、基本的にはロブションさんの右腕の、エリック・ブシュノワールさんと当時の初代総料理長のモーリス・ギルウェットさん、日本人料理長の河野透さんが作っていました。特にエリックさんはフランスの優秀な職人のみ取得できる、M.O.F(フランス国家最優秀職人章)という資格を持っている方なんです。M.O.Fの試験は4年に1回しかなくて、ものすごく難しい試験なんです。この資格をもっていればフランスでは一生食べていけます。そのエリックさん、モーリスさん、河野さんの3人が作ったものを、ロブションさん含め皆で味をみて、最終的な判断をロブションさんがされます。味の判断は厳しかったですね。チームとしては皆、「パリの料理をやるんだ」という、その責任感と嬉しさと緊張感と、いろんなものが入り混じりながらも、団結力がありました。

――― ロブションさんから学んだ料理哲学などはありますか?

「複雑なことはあまりしない。3~4種類以上の食材は組み合わせない。ハーモニーを大事にして、何を食べたか最終的に分かるような味つけをしなさい」ということをよく教わりました。牛肉だったら牛肉、鶏肉だったら鶏肉を食べたんだと分かるように、「食材の味を引き立てるように、リスペクトして味をつけろ」と。

そして、常に愛情をもって調理するように教わりましたね。「料理とはもっとも愛を込めた行為だ」という言葉がロブションさんの決め台詞でした。それと、味覚が鋭い方なので、細かな指摘がすごかったです。例えば「このとき冷蔵庫空いてただろ」とか「ラップしないでバター入れてただろ」とか「横に玉ネギあっただろ」とか、私たちがぞっとする指摘がけっこうありました。

あとは、掃除や営業中の所作に関わることですね。これは徹底して行うべきだと教わりました。使ったダスターは四角くたたんで置くとか、使った塩は元の位置に戻すとか、ソースを作るときに振り向いてぱっと手を伸ばしたところに塩があるように、毎日同じ位置にするとかですね。このような「ロブションの流儀」は、常に意識していました。

ナベノイズム_渡辺シェフインタビュー2 「ジュレ・ド・キャビア」を食べたとき、この料理の秘密が知りたいと思ったんです

器、料理に緻密なストーリーを描いて表現する『ナベノ-イズム』の店づくり

――― 『ナベノ-イズム』をオープンする上で、シェフがお考えになった店づくりためのストーリーやコンセプトについて教えてください。

店づくりって面白くないとダメだと思うんですよ。まず食べ物が美味しいのは当たり前で、サービスも良くて、居心地が良くて、もう一回行きたいなって思っていただくことが、店づくりで一番大事だと思うんです。また、レストランには料理の美味しさ以上の楽しさや、地の利を生かした表現やコンセプトが必要だと感じています。特に私がやりたいことは、お客様にとって居心地の良い空間をつくることです。うちの3階のカウンター席は、けっこう長居するお客様が多いですね。「気持ちよかった」とか、「眺めが良くて時間を忘れちゃった」とか、そう言われることはすごく嬉しいです。

そんな中で、私が店づくりのコンセプトとして打ち出したのは、この浅草という街をレストランを通してお客様に伝えていくことです。例えば、地下鉄浅草駅を出て、表通りを歩いてくると、提灯屋さんがあって、下町の工芸品屋さんがあってお蕎麦屋さんがあって、ドジョウ屋さんがあります。職人がたくさん住んでいる街なので、そういった街並みを楽しんでいただきながら、『ナベノ-イズム』に辿りつくというように、レストランに到着するまでの道中も楽しんでいただきたいんです。また、ランチを楽しんでいただいたあとは、お客様のほとんどの方が浅草寺に行かれたり、『ナベノ-イズム』でお出ししている煎餅や雷おこしなどの食材に興味を持たれて、帰りがけにその食材を買いに行ってくださったりしています。将来的には浅草の食材マップを作りたいと思っていて、実はいま作成中なんです。

――― コース料理のコンセプトはありますか?

ランチとディナーでは内容が少し異なりますが、初めの3皿にさまざまなコンセプトを盛り込んでいます。一皿目にお出しするガスパチョは「地域とレストランの融合」がコンセプトです。グリーンオリーブのマリネ、最中のカナッペ、雷おこしとバターを合わせたものを添えて、アペリティフを楽しんでいただきます。

『ナベノ-イズム』のアペリティフ

『ナベノ-イズム』のアミューズ

2皿目のそばがきは、私のシグネチャーディッシュです。そば粉文化は、フランスにもブルターニュで有名なガレットがありますよね。日本とフランスのそば粉文化が繋がっているようなイメージです。それとロブションさんの思い出というか、私が衝撃を受けた「ジュレ・ド・キャビア」という料理に近づきたいという憧れであったり、チャレンジですね。ディナーでお出しするそばがきにはキャビアを添えていて、私なりのキャビアの食べ方を表現しています。また、このそばがきは、道具を知り、使いこなさないとできない料理でもあります。プラックというフランス伝統の熱源と熱伝導の優れた銅鍋、金気の出ないシリコン加工のホイッパーの3つが融合してはじめて完成する料理です。あと、その料理をみたらどこのレストランのシェフが作ったものか分かるのがシグネチャーディッシュだと思っているので、「この一皿はナベノ-イズムだ」とお客様にいっていただけるようなインパクトが必要だと考えています。例えば、ポール・ボキューズさんであれば「スズキのパイ包み焼き」や「スープ・オ・トリュフ」、ジョエル・ロブションさんであれば、「ジュレ・ド・キャビア」や「アニョ・パストラル」といった感じです。こういった、お店の方向性とキャラづくりはレストランをやる上で重要だと思います。

ナベノイズム_そばがき

両国江戸蕎麦ほそ川の蕎麦粉を使用した「そばがき」

ナベノイズム_そばがき調理シーン2

3皿目は「フランス伝統食材と江戸伝統食材の融合」です。例えば秋メニューであれば、ブレス産のピジョンと京都の山科ナスとか、いまだったら(2017年1月の取材時)、フランス産の黒トリュフと江戸伝統野菜の千住ネギ、春メニューではフランス・ジュラ地方のコンテチーズかミモレットチーズと日本の海鮮や山菜などを組み合わせようかなと考えています。そのあと、ディナーであれば「これぞフランス」といった感じの料理を2皿お出ししています。フランスの味を伝える料理で、フォアグラは必ず入れていますね。それから、魚料理、肉料理、デザートといった構成です。

――― 今後の『ナベノ-イズム』の方向性について教えてください。

まず2020東京オリンピックは意識していて、さらに外国の方が増えると思いますので、日本流のおもてなしを披露していきたいです。日本人の方にはさらに食文化の深い部分を知っていただき、外国人の方には日本に来て良かったなって思っていただけるようになりたいですね。やっぱり、外国のお客様って日本にいらっしゃったら日本料理を食べる方がほとんどですよね。そんな中で、「ナベノ-イズムは面白いな」って思っていただけたらいいですね。あとは、この浅草の地で商いをさせていただいているので、地域の歴史に感謝して近隣の方々と一緒に、私たちが成長できたらいいなと思います。いつか、「浅草・駒形といえばドジョウでしょ!」ではなくて「ナベノ-イズムでしょ!」と、2番目ぐらいに言っていただけるようになりたいですね。そこまで頑張っていきたいと思います。

ナベノイズム_ロゴ

〈シェフからの一言〉
料理人として30周年を迎え、これからは私の還暦に向けてのプロジェクトとして、さまざまなことにチャレンジしていきたいと思います。いままでの経験を踏まえながら、常に全盛期の自分でいられるように日々改善し、お客様に楽しんでいただける料理と空間を用意してお待ちしております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

『ナベノ-イズム』は予約困難店ですが、ポケットコンシェルジュに会員登録していただくと、様々なレストランの最新情報を受け取ることができるようになります。

【聞き手・文】白石直久
【撮影(人物、店内、ロケーション)】キミヒロ
【写真提供(料理)】ナベノ-イズム


〈『ナベノ-イズム』へのアクセス〉
 

・都営地下鉄浅草線「浅草」駅 A2-b出口から徒歩約3分
・東京メトロ銀座線「浅草」駅 4番出口から徒歩6分
・都営地下鉄大江戸線「蔵前」駅 A6出口から徒歩5分

ナベノイズム2階のテーブル席2階のテーブル席。季節によっては、テラス席も用意される。3階には隅田川とスカイツリーが一望できるカウンター席もある。
鮨真ロケーション地下鉄「浅草」駅から歩き、駒形橋を過ぎた閑静なエリアに店を構える。オレンジのロゴマークが目印。
Restaurant Data
店名: レストラン ナベノ-イズム (Nabeno-Ism)
住所: 東京都台東区駒形2-1-17
営業時間: [火~土]
12:00~15:00(L.O.13:30)
18:00~23:00(L.O.21:00)
[日]
12:00~15:00(L.O.13:30)
定休日: 月曜日と毎月第4火曜日(変動あり)