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“サラダ” でコロナ時代を乗り越える。生産者・レストラン・消費者の未来の構築を ~『傳』 長谷川在佑 氏~

“サラダ” でコロナ時代を乗り越える。生産者・レストラン・消費者の未来の構築を ~『傳』 長谷川在佑 氏~

昨今のコロナショックにより、世界中の企業が窮地に立たされているなか、いまレストランはどのように対応すればよいのか。歴史を振り返っても、過去に事例のない状況のため、「正解」というものは存在せず、各々が正しいと思う道を模索する日々が続いている。そんななか、東京・神宮前の日本料理店『傳』の店主・長谷川在佑氏の取り組みがひそかな話題となっている。普段はレストランにしか卸していない契約農家の野菜を、一般でも購入可能にするもので、購入できる野菜の内容も、同店のスペシャリテの1つであるサラダ「畑の様子」で使用するものだという。自粛中のタイミングで行う取り組みの狙いは何なのか。オンライン取材にて長谷川氏にお話を伺った。

『傳』 店主・長谷川在佑氏

1978年、東京都生まれ。老舗割烹料理店『うを徳』で5年間修業後、2008年に『傳』(東京・神保町)をオープンし、2016年12月、現在の神宮前に移転。料理と接客を通して“人を楽しませること”を追求し、家庭料理の温もりが伝わるような新しいスタイルの日本料理店を築き上げ、毎年開催されている世界、そしてアジアの「ベストレストラン50」で、日本勢のトップに輝いている。

     

生産者の継続支援とアフターコロナの事前準備を

―――本来レストランのみに卸している野菜を、一般の方でも注文できるようにしたきっかけは何でしょうか?

うちに来店いただいているお客さんから、「傳のサラダって家じゃできないよね?」と言われていたことがきかっけです。そこで、普段お世話になっている「ルコラステーション」(千葉・八街)の畝田謙太郎(うねた けんたろう)さんに相談して、傳のスペシャリテである「畑の様子」のサラダセットをつくって僕がレシピ公開すれば、みなさんが家で作れるのではないかなと思いまして。

レストランへの自粛要請が続いていますが(2020年5月現在)、お店を営業しなければ生産者から食材を購入することもできません。ただ逆に、我々が普段、生産者から仕入れているものを直接お客さんにご案内できる機会にもなるかなと。僕の中で料理人というもののあり方が、お客さんと生産者を料理でつなげることだと思っているので、この取り組みでは、お客さんが農家さんからダイレクトに野菜を購入できる仕組みにしました。

普段仕入れている食材を使ってテイクアウト商品を作るのもありだと思いますが、お客さんには食材にそのまま触れてもらうきっかけとか、料理する時間や楽しさとか、料理人が作る料理ってこう違うんだということに気付くことにもつながると思って、今回は僕が料理を作るのではなくレシピを提供することにしたんです。

―――「畑の様子」サラダセットの購入方法を教えてください。

LINEの公式アカウント「DEN×ルコラステーション」(ID:@den831)をお友達追加して、そちらの案内にそって購入していただきます。LINE@を登録してもらうと、作り方を撮影した動画がアップされています。

DEN「畑の様子」サラダセット 2,800円(クール送料・消費税込み)。おおよそ、12~13種類の野菜が、4~5人前の量で入っている。お店で普段仕入れる際も、そのときに採れた野菜を農家のおまかせで送ってもらっているのが、「畑の様子」というネーミングの由来だ。


LINE公式アカウント「DEN×ルコラステーション」の中に掲載されている「畑の様子」の作り方動画。レストランで提供する際は、野菜を甘酢につけたり、だしを含ませたりしているが、今回のレシピは、塩昆布と太白胡麻油を使い、シンプルでおいしいサラダを作ることができる。

今回は、うちの企画として、みなさんに作っていただいたサラダを、「#我が家の畑の様子」とハッシュタグ付けて、フェイスブックやインスタグラムにアップしてもらって、その投稿の中から農家さんたちと話し合いながら、1番上手な方に『傳』のペア食事券をプレゼントする予定です。受付終了日はまだ決めていませんが、サラダの写真を投稿してもらうことで、農家さんも自分たちがつくった野菜がどのように食べられているか見る機会にもなるので、それが農家さんのモチベーションにもなると思います。

―――投稿写真を拝見したところ、みなさん楽しんでサラダを作っていらっしゃいますね。

そうですね。『傳』のサラダを食べたことがある方は、それをイメージしながら作っていて、食べたことがない方は、このサラダを作ることで、今後、うちに食べに来てもらえるきっかけにもなると思っています。生産者を助けるだけじゃなくて、農家直送の野菜を食べたことで、それを扱っているレストランにも行きたいという気持ちを持ってもらえることにもつなげて、レストランも守らないといけないので。いまの時期は、生産者もレストランもお客さんもみんなが大変ですよね。東日本大震災のときのように、日本だけが大変なのではなく、世界中が乗り越えようとしているなかで、みんながプラスに考えられるような動きが必要だと考えています。

SNSに投稿されたサラダたち。「畑の様子」で印象的なスマイル型のニンジンを、シェフの愛犬・プチjr.にかたどったものも。トマトを甘酢につけるなど、お店の味を再現しながら作られたものや、味わいを工夫したものまで様々。

―――普段購入できない野菜が手に入るので、お客様にも喜ばれそうですね。

すでに2~3組、リピートで購入される方もいらっしゃるようです。農家さんを助けることもそうですが、いまのこの時期だからこそ、健康に良いものを食べようという想いの方が強いですね。自粛要請でレストランが困っているから、大変だからだけではなく、自分たちが食べておいしい、体に良いと体感できたものでないと、このような取り組みは続かないと思うので、今回はその持続性も意識しています。

―――作り方の動画のなかで、サラダを家族みんなで作るシーンを例としてあげていらっしゃいますが、「STAY HOME」の一環として良いコミュニケーションツールになりそうですね。

こういう時期に、学校に行けない子供たちが料理に興味を持つということが、未来につながる食育にもなると思うんです。サラダを作って食べて、料理って面白いね、料理人ってすごいね、レストランは違うねと思ってもらうことで、将来シェフになりたい思う子供たちが増えるきっかけをつくることが重要じゃないかなと。いま必要なのは現実を受け止めることも大事ですが、未来への希望を持つことも大切だと思います。

あとは、さらに発展させた企画として、このようなオンラインでの取り組みだけでなく、アフターコロナのタイミングで、今回サラダを作っていただいたお客さんとルコラステーションの畑に見学に行くことも考えています。野菜を食べた人は、現場ではどうなっているのか気になる方もいると思うんです。いまできないことがこれからできるという未来に向けての取り組みにもなるだろうし。コロナショックで嫌なこと悪いことばっかりという感覚を持ってしまうと、もったいないなと思って。いま我慢して待っている間に動けることや考えられことがあると思いますし、それを自分のためだけじゃなくて、周りもひっくるめて良くなれる方法っていくらでもあると思うんです。こんなときだから考え付くこともたくさんあるだろうし、逆にこういうことにならなかったら絶対思いつかなかったこともあるだろうし。だから、いまはすべてをいい経験として考えるようにしています。

―――今後、考えていらっしゃる取り組みなどがあれば教えてください。

実はルコラステーション以外にも、もう一つの契約農家の「北山農園」(静岡・富士宮)でも、似たような取り組みを行なっています。北山農園は夫婦で運営していて、個性的な野菜が多いです。白菜やブロッコリーの菜の花などの珍しい野菜もあって、無農薬でつくっているので味が濃くて力強い。根菜類に力を入れていて、お芋なんかもすごく甘くておいしいので、みなさんに是非食べていただきたいですね。

こちらは、SNSへの投稿を促してはいませんが、フェイスブックに作り方動画をアップして、サラダとは違った野菜料理を楽しんでもらいたいなと思っています。この動画では、僕の代わりにスタッフが料理を作っていて、誰でも簡単に作れるようなカジュアルなイメージを訴求しています。ミシュランの星を持っていたり、ベストレストラン50に入っていたりすると敷居が高いと思われがちなので、より親しみやすいイメージをもってもらえたらなと。


北山農園の野菜を使った作り方動画。今回はストウブ鍋を使った蒸し野菜料理。

今回紹介しているレシピは簡単に作れるものなので、そこからお客さんが興味を持ってきてもらえれば、レシピの数を増やして、「今後は季節に合わせてこういうものを作ります」というものを配信していくのもありかなと。僕が発信するだけではなく、お客さんがどんどんコミュニケーションできるような場をつくるのもいいですね。

その他には、魚を静岡の「サスエ前田魚店」から仕入れているので、魚介類でも何かやりたいなと思っています。魚を扱うのは捌いたり焼いたりと、一般の方だと少しハードルが高くなってしまいますので、まずは野菜でどれぐらいのお客さんに料理をつくってもらえるのかを見ていって、今後に生かしていきたいと考えています。


【取材・執筆・撮影(サラダセット)】白石直久
【写真提供(人物、サラダ)】JESTO

 

『傳』“長谷川流”の料理とおもてなしを堪能したい方はこちら

料理と接客を通して“人を楽しませること”を追求し続けている店主・長谷川氏。家庭料理の温もりが伝わるような、新しいスタイルの日本料理店を築き上げ、毎年開催されている世界、そしてアジアの「ベストレストラン50」で、日本勢のトップに輝いている。