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【フロリレージュ】演出力の高い料理で食の社会貢献を提案し、世界から注目を集めるフレンチシェフ

【フロリレージュ】演出力の高い料理で食の社会貢献を提案し、世界から注目を集めるフレンチシェフ
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「日本の食文化を世界に発信していく」。そんなポケットコンシェルジュのビジョンから始まったインタビュー特集です。日本で活躍する一流レストランのシェフを取材し、レストランに対する思いや、料理人としての考え方などを紹介していきます。

第八回

『フロリレージュ(Florilege)』川手寛康

クラシックなフレンチをベースに、高い演出力とメッセージ性のある料理で、世のグルマンを虜にし続けるレストラン『フロリレージュ』。ミシュラン一つ星を獲得するだけでなく、2017年版「アジアのベストレストラン50」では第14位にランクインしており、アジアの中で最も成長が期待されるレストランの一つとして注目を集めている。オーナーシェフの川手寛康氏は、近年、食を通じた社会貢献活動だけでなく、アジア圏のシェフを中心にさまざまなコラボイベントを開催するなど、海外にも活躍の場を広げている。今回は、川手シェフのレストランに対する考え方や海外で活動する想いなどについて語っていただいた。

Pick up topics
1. 迷わず選んだ料理人への道のりで、3人の恩師と出会う
2. 食の未来を変えていく、ボーダーレスなレストラン
3. アジアのシェフと団結し、世界へ羽ばたく布石を打つ

フロリレージュ_川手シェフ調理場

迷わず選んだ料理人への道のりで、3人の恩師と出会う

――― 川手シェフが料理人を志されたきっかけは何でしょうか?

元々、うちの家系に料理人が多かったんですね。父親が洋食屋で、叔父さんが鮨屋、叔母さんの旦那さんが中華料理屋といった感じです。そのような環境で生まれたので、正直な話、他の職業を考えたことがなかったですね。幼稚園のときには将来は料理人になりたいと思っていましたし、興味があるものが料理しかなかったので。

――― 料理人になる前は、調理の専門学校に行かれたのですか?

専門学校には行っていませんが、調理学科がある高校に通っていました。午前中は4時間、一般の授業をして、その後2時間調理実習をやる学校です。そのクラスに入っていたので、専門学校には行かなくてもいいかなと思っていて、どちらかというと早く調理場に立ちたいと考えていました。

――― ご自身が働いていくレストランとして選ばれたのは、初めからフレンチだったのでしょうか?

そこはすごく悩みましたね。やっぱり和食も素敵だなと思っていましたし、イタリアンもかっこいいなと思ってました。父親は洋食屋なので、自分はどうしようかなと。そこで、職種を決めるきっかけになったのが、僕が中学生から高校生のころにテレビでやっていたフジテレビの「料理の鉄人」という番組です。テレビに映るシェフの長いコック帽がすごくかっこいいなと思っていました。そして、実際に高校生の時には、イタリアンやフレンチで研修をしたりアルバイトをしたりしていて、その中で自分のなかでしっくりきたのがフレンチだったんです。

――― 修業先のレストランについて教えてください。

最初は当時会員制だった恵比寿の『Q.E.D.クラブ』というレストランです。そこで3年ほど修業しました。その次が、『Q.E.D.クラブ』の料理長だった大原正彦さんが独立して六本木に出店された、『オオハラ・エ・シーアイイー』というレストランで、こちらでは1年半ほど修業しました。なので大原さんとは計4年半、一緒に働かせていただいたことになります。そして、そろそろフランスに行きたいなと思っていた時期だったのですが、フランスに伝手がなかったんです。なので次の修業先には、フランスとコネクションを持っていて、かつ日本の第一線で活躍しているレストランを探していて、たどり着いたのが六本木『ル・ブルギニオン』でした。このころ23~24歳ぐらいで、ここで働けばフランスにいけるかもしれないという単純な野望で店に入ったのですが、ありがたいことに初めからスーシェフとして働かせていただくことができました。

――― 『ル・ブルギニオン』で修業された後は、フランスに行かれたのですが?

そうですね。『ル・ブルギニオン』の菊地美升シェフに紹介していただき、プルセル兄弟といって、双子のオーナーシェフのレストランとして有名な、南仏・モンペリエにあるミシュラン二つ星の『ル・ジャルダン・デ・サンス』で修業しました。このとき、僕は結婚していて嫁さんが日本にいる状態だったので、1年間だけ働くことを約束して、みっちり本場フランスの味を勉強しました。そして、帰国後に入ったレストランが『カンテサンス』です。シェフの岸田周三さんとは、菊地シェフの紹介で元々知り合いでした。実はフランスに渡る前、最後に電話した相手が岸田さんで、フランスには1年間だけ行くと話していたところ、「帰国したら必ず連絡してね」と岸田さんに言われていたんです。なので、帰国後すぐに連絡すると、ちょうど当時のスーシェフが店を辞めるタイミングだったこともあり、その流れで『カンテサンス』で働くことになりました。

――― 日本の修業先のシェフは、3人とも有名な方々ですが、それぞれのシェフからどのようなことを学びましたか?

駆け出しのころにお世話になった大原シェフからは、「料理人とは何か」を教わりました。料理人の根本的な在り方というか、覚悟みたいなものです。礼儀に始まり、一人前の料理人として生きていくために最低限必要なことは、大原シェフにみっちり教えていただきました。

菊地シェフからは、「フランス料理の楽しさ」を教えていただきました。大原シェフから料理を教わっていたころは、やることといったら下準備がメインだったのですが、菊地シェフの場合は、サラダ場から焼き場まで、何でもやることができる環境でした。菊地シェフの料理は、「フランスと時差のない料理」っていう考えがあったので、そういった意味でもやりがいがあり楽しかったです。『ル・ブルギニオン』では、まかないも基本的にフランス料理しか作っちゃいけないんですよ。なので自分で考えて料理を作るという感覚がすごく養われたレストランでした。

そして、岸田シェフから学んだのは「自由さ」ですね。料理人って、技術さえあれば、どの国、どの街でも料理を作ることができますし、自由なんですよね。重要なのは素材もそうですが、自分自身の核になる部分を持つことが重要で、それをしっかりと持っていれば創意工夫しながら自由に表現していいんじゃないかということが、岸田シェフの考え方なんです。

――― 「核になる部分」というのは、川手シェフとしては具体的にどのようなことを指していますか?

まず、自分自身がぶれずに貫き通す軸みたいなものが「核」だと思っています。そして僕で言えば、クラシックなフレンチが根底にあります。『フロリレージュ』の料理はたまにフュージョンとか言われることもありますが、僕が作っているのは実はクラシックな料理が多いので、これが僕の中の「核」ですね。

フロリレージュ_川手シェフインタビュー フロリレージュ_日本で出会った3人のシェフから「料理人とは何か」「フランス料理の楽しさ」「自由さ」を学びました (1)

食の未来を変えていく、ボーダーレスなレストラン

――― 『カンテサンス』のスーシェフから独立される際の、きっかけは何かありましたか?

『カンテサンス』に入ったときに僕が考えていた使命は、岸田シェフが思いっきり料理ができる環境を整えることだったんですね。なので、その使命が十分果たせたかなと思ったのと、僕の他にもキッチンにはフランスで修業した実力のある料理人が数多くいたので、そろそろ引き継いだ方がいいかなと思ったことがきっかけです。『カンテサンス』は僕がいる間にミシュランの三つ星を獲得したので、僕自身がやれることは全部やれたかなと思います。

――― 『フロリレージュ』はどのような想いでオープンされたのですか?

初めのころはとにかく『カンテサンス』っぽくないレストランをつくることを意識しました。『カンテサンス』の真似をすることは、岸田シェフに対しても失礼だと感じていましたし、「カンテサンス出身の川手寛康」と言われるのではなく、『フロリレージュの川手寛康』と言われるように早くなりたいと思っていました。岸田シェフを見ていると富士山の頂上を眺めているみたいなんですよね。とてもビッグなレストランですし、『カンテサンス』以上に上はないと思っています。だから、小さなことでもいいので、『カンテサンス』よりも評価してもらえる何かが欲しいなと思っていました。それが実現すれば、岸田シェフに対しても恩返しできるかなと。

ただ、最近では考え方が少し変わってきて、食を通じて未来を少しでもより良い方向に変えていけたらいいなという想いでレストランを運営しています。具体的には、「フードロス」問題についての活動のほか、料理学会に出たり、食育の一環として孤児院で料理を作ったりなど、活動の場を広げています。そういうことを僕は皆に伝えていく“係”だと思っているんです。僕は、仕事とは社会貢献だと考えています。僕たちの充実感って、助けたり助けられたり、皆の中でしか味わえないものを感じながら日々生活をしていると思うんです。なので、そのなかの僕は、食のサスティナビリティ(※)を意識しながら「フードロス」問題に取り組むなど、食を通して未来を少しでも良い方向に変えていく“係”なんです。このような活動に関しては積極的に行なっています。

※食のサスティナビリティ:食の持続可能性を意味し、あらゆる食材がいま食べられるだけでなく、未来もずっと食べることができるようにしていくという考え方

――― 「食を通じて未来を少しでもより良い方向に変えていく」という発想をもたれたのは、いつごろからですか?

2014年7月に発足した「いただきますプロジェクト」という会に参加させていただいたころからです。この会には、例えば全国に被災地支援のレストランをやっている方もいれば、自分で畑をやっている方もいて、食に関するいろんな活動をされている方々が集まっているんですね。ここに集まった人たちは、食で未来を変えられると本気で思っているメンバーが本当に多いんです。

そんな人たちのなかで働かせていただく機会があって、いろいろ話をしていると、自分自身がいままでこのような活動をしてこなかったことが、恥ずかしくなってきたんです。東京で素敵なレストランができて、それはそれで人を幸せにできていると思いますが、本当はもっとできることがあるんじゃないかなと思わせてくれたのが、「いただきますプロジェクト」という会ですね。彼らがいなければ、いまみたいなレストランは作っていないと思いますし、いまみたいな活動もしていないと思います。

――― 『フロリレージュ』というレストランは、川手シェフやスタッフの方々のさまざまな活動を多くの人たちに知っていただく場所として捉えていらっしゃるのでしょうか?

そうですね。レストランって、生産者、料理人、食べ手の3つが揃ったときに初めて成り立つものだと考えています。これまでのフランス料理の世界って、生産者などのバックグラウンドには何があるのかという部分がうまく伝えきれていなかったと思うんです。これを改善するためにはボーダーレスなレストランをつくる必要があります。その中の取り組みとして、『フロリレージュ』のダイニングには、コの字型のカウンターを設え、料理人の仕事が全て見えるようにしています。

いまボーダーレスってすごく重要で、インターネットもボーダーレスのひとつだと思うんですね。例えば、どこの国でどんなシェフがどのような料理を作っているかが、ある程度すぐに手に入れることができます。それって、いままでボーダーがあったものが、どんどんなくなってきているという証拠なんですよね。そういった時代背景もすごく重要で、その中でレストランもボーダーレスになっていく時代なんじゃないかなと思っています。だからこそレシピも全て公開していますし、作業シーンもすべて公開して、何も隠さない、ボーダーを何一つ作らないということを、僕の中ですごく重要視しています。

――― 『フロリレージュ』のコースは社会貢献に繋がるメッセージ性のある料理で構成されていますね。

そうですね。最近お出ししているものの中では、経産牛を使用した料理ですとか、太田哲雄さんという方がアマゾン地方に行って直接輸入しているカカオを使ったデザートなどがそうです。ただ伝え方によっては、やや重たいメッセージになってしまいます。例えば少し昔の話でいくと、宮城の被災地から仕入れた食材だけを使った料理ですとか、くず野菜だけで作った料理を提供するなどです。そうなるとお客様はみんな疲れてしまうんですよね。なので最近では、コースの流れというものをすごく意識しながら、軽い感じのメッセージを伝えられるような料理構成にしています。

フロリレージュ_経産牛

【サスティナビリティー:牛】
宮崎産経産牛のカルパッチョ、藁で燻製したじゃがいものピュレにコンソメスープをかけて

フロリレージュ_アマゾンカカオ

【贈り物:アマゾンカカオ】
アマゾンカカオのチョコレートムース 赤紫蘇のゼリー包み、赤紫蘇のスープをかけて

――― コースに合わせたペアリングにもかなり力を入れていらっしゃいますね。

そうですね。僕は23歳でソムリエの資格とっていたのと、いろんなお酒が好きなこともあり、ペアリングのバリエーションは豊富です。ワインのペアリングもできますし、カクテルのペアリングもできますし、そのハーフ&ハーフもできます。あとは、日本酒のペアリングやノンアルコールのペアリングもやっていますね。

――― 最近ではフレンチでも日本酒のペアリングをやっているレストランはありますが、『フロリレージュ』ではかなり前から取り入れていらっしゃいますよね?

そうですね。レストランをオープンした2年目ぐらいからなので、7~8年前からやっています。日本酒のペアリングを始めた理由は、僕自身が日本酒が好きだったのと、いざ自分のレストランを出してみたら、逆にワインのペアリングに疑問を覚えることの方が多くなってきたからです。ホールのスタッフを見ていて、何かつまらないんじゃないかなと思っていて、自分たちでもっと考える事をやった方が絶対楽しいんじゃないかなと思うことが増えてきたんです。そこで、マネージャーたちにその話をしてみると、「そうだよね、別にワインだけじゃなくていいよね」と共感してくれて、そこからさまざまなペアリングに対応できるようにしました。

フロリレージュ_川手シェフ フロリレージュ_サスティナビリティを意識しながら「フードロス」問題に取り組むなど、食を通して未来を少しでも良い方向に変えていく“係”なんです (1)

アジアのシェフと団結し、世界へ羽ばたく布石を打つ

――― 海外でも幅広く活動されてますね。

海外での活動は、僕たちが日本でどういうことをやっているのかを、世界中の人に知ってもらうことが目的です。僕は「世界のベストレストラン50」に入ることを目標にしていますが、その理由は僕の発言力を高めるためです。やっぱり知名度が上がらないと誰も耳を傾けてくれないんですよ。だから『フロリレージュ』が「世界のベストレストラン50」に入れば、僕らが発信することに耳を傾けてくれる人も増えてくると思います。そうすれば知ってもらえるチャンスも増えてくるかと。

――― 今回の記事は「日本の食文化を世界に発信する」をコンセプトにしていますが、『フロリレージュ』や川手シェフの活動を世界に伝える上で心がけていることはありますか?

日本の食文化って、実際に日本に来てもらわないと分からないので、それに興味を持ってもらえるきっかけをつくる活動や取り組み方を考えるようにしています。そのためには、前提として、日本のシェフそれぞれが、何を考えどういった料理を作っているのかというパーソナルな部分が重要だと思っています。なので、先ほどの話に通ずるかも知れないですが、『フロリレージュ』というレストランや、僕自身の活動をまずは知ってもらうことが必要です。例えば、『フロリレージュ』にはこんな調理技術をもったシェフがいて、こんな食材を使って、こんな料理を作っているけど、世界中の皆さんはどう思います?、もしその部分に興味があったら、日本に来てくださいといった感じです。

――― 『フロリレージュ』は海外からのお客様だけでなく、料理を学びに来る研修生も多いですよね?

海外からの研修生はどんどん入れるようにしています。それが特別なことじゃなくて、当たり前のことだと思っていますし、特にアジア圏で情報共有をすることを僕はかなり重要視しています。というのも、僕は今後日本もそうですが、アジア全体を盛り上げていかなければならないと思っています。なぜかと言うと、南米、アメリカ大陸やヨーロッパからすればアジア圏って発言力が無い国々なんですよ。これは僕が海外に出れば出るほど感じることです。現状、「世界のベストレストラン50」でアジア圏のレストランがどれだけトップ10に入れるか、どれだけ発言力があるかというと、全然無いです。だからこそ、僕はいろんなアジアのシェフたちと、いろんな仕事をしますし、コラボイベントをしますし、アジアのシェフたちと会うと、必ずアジアで何か起こそうねという話をしています。

――― ありがとうございます。最後に川手シェフの今後の展望をお聞かせください。

来年は海外にレストランを出す予定です。現在、バンコクと香港から話は来ていますが、僕のなかでは台湾を考えています。台湾は知り合いのシェフがたくさんいますし、皆協力してくれるので。場所はまだ具体的には決まってないですけど、台北がいいかなと。一度滞在したときに、すごく過ごしやすかったのと、夜中に歩いていてもすごく安全な街だったので。海外に出店することで、もっとアジアを盛り上げる活動ができたらいいですね。

フロリレージュ

〈シェフからの一言〉
海外で仕事をさせていただくなかでも感じるフードロスの問題は、まず我々レストラン関係者から発信し、解決しなければならない重要課題だと日々感じております。『フロリレージュ』では、それを問題提起しながらメニューに落とし込んでおりますので、料理のおいしさを楽しんでいただくだけでなく、お客様も食を通じた社会貢献の意識を少しでも持っていただけたら嬉しく思います。今後ともよろしくお願いいたします。

【聞き手・文】白石直久
【撮影】キミヒロ
【料理写真】濵本亜沙子


『フロリレージュ』へのアクセス〉


東京メトロ銀座線「外苑前駅」3番出口より徒歩6分

フロリレージュ_内観16人掛けのコの字型のカウンター席。全ての客席から厨房が見え、料理人の所作が楽しめるライブ感のある空間が魅力だ。

フロリレージュ_外観神宮前三丁目の交差点からほど近い場所にある、地下一階に店を構える。

Restaurant Data
店名: フロリレージュ
住所: 東京都渋谷区神宮前2−5−4SEIZAN外苑B1
営業時間: Lunch: 12:00~13:30(L.O.)
Dinner:18:30~20:00(L.O.)
定休日: 水曜日 不定期休み有

『フロリレージュ』は予約困難店ですが、ポケットコンシェルジュに会員登録していただくと、様々なレストランの最新情報を受け取ることができるようになります。