いまや世界的に注目されている日本酒。特にここ数年は、若手の杜氏(とうじ)が増え、新たな発想で質の高い日本酒が誕生している。また、日本酒の造り方も、古来の製法をいまに活かしつつ、各蔵の個性を生かした日本酒が増えてきていることも、その人気向上に一役買っている。そんな中、ここ数年で抜本的な改善を行なうことで酒質(しゅしつ)を向上させ、次世代の日本酒業界を担うブランドの一つとして注目されているのが「仙禽(せんきん)」だ。今回は、日本酒の基礎知識に触れながら、蔵の立役者である㈱せんきん(栃木・さくら市)の薄井一樹氏に、「仙禽」の酒造りの工夫や考え方について伺った。
Contents |
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1. 日本酒とは何か |
2. 米の“ドメーヌ化”から始まる、唯一無二の酒造り |
3. 「仙禽」の味わいとペアリング |
4. 「仙禽」が飲めるレストラン |
日本酒とは何か
日本酒はワインと同じ「醸造酒」の一つ。醸造酒とは、原料に含まれる糖分を、アルコールに変える働きのある「酵母」を加えることで、アルコール発酵して造られた酒のことだ。そして、日本酒造りに使われる素材は、基本的には米、水、米麹、酵母の4つ。酒造りに「麹」が使われるのは、日本酒の造りの特徴の一つ。なぜ麹が使われるかというと、主な原料である「米」自体には糖分が含まれていないため、まずは米から糖分をつくる必要があるからだ。これは蒸した米に対して、米のデンプンを“糖化”させる働きのある「麹菌」を振りかけることでつくることができ、これを「麹米」という。そして、麹菌を振りかけていない蒸米(掛米)、麹米、水、酵母が合わさることで酒が造られていく。下記が基本的な酒造りの工程だ。
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米の“ドメーヌ化”から始まる、唯一無二の酒造り
株式会社せんきん
専務取締役
薄井一樹 氏
文化三年(1806年)創業の老舗蔵の十一代目。日本ソムリエスクール卒業後、同校の講師としても活躍。その後、蔵を引継ぎ「仙禽」の酒質の改革を行なう。ワイン用語として使われる「ドメーヌ」(自らブドウ畑を所有し、栽培・醸造・瓶詰まで一貫して行なうワイン生産者)を謳い、蔵の仕込み水と同じ水脈上にある田園で米をつくり、精米、醸造、瓶詰めまで全て自社で行なう。酵母に頼らない自然派の日本酒など、唯一無二の酒造りで日本酒業界の先陣を行く。
「仙禽」の酒造りは、上記の精米から瓶詰めだけでなく、自社の田園で米づくりから行なっている。蔵の仕込み水と同じ水脈上の水を使用して米づくりを行なうことから、同社では、ワイン用語にならい、原料米の「ドメーヌ化」を謳っている。また今回の取材では、「仙禽」の酒造りの主な工程である、「米づくり」から「上槽」までのお話を伺った。
米づくり
酒蔵から車で5分ほどの場所にある契約農家の田園。苗は「亀ノ尾」で6月初旬の様子。現在、除草剤は使用するものの、その後は農薬を使わずに育てており、2018年からは完全オーガニックに切り替える予定だ。「仙禽」で使用する米は3つあり、山田錦が全体の60%、亀ノ尾が25%、雄町が15%だ。
精米
「日本酒造りの主な工程は1~4章に分かれます。1章は原材料処理です。精米、洗米、米を蒸かすという工程で、ここは人間が緻密に計算してコントロールすることができます。2章は麹造り、3章は酒母造り、4章は醪造りです。そして2~4章は人間が計算することができず、主役は麹や酵母。我々はサポートに回ります」(薄井氏)
精米を自社で行うことで、理想の精米歩合(玄米を削って残った白米の割合)に仕上げている。写真左が精米機。建物の2階から玄米を流しいれて精米する。「仙禽」のベーシックな精米歩合は40%で、50時間かけて削る。また、一番低い精米歩合は7%で、15日もの日数を要する。この7%の精米歩合でできた日本酒は主に香港に出荷され、一部はフラッグシップブランドの「醸(かもす)」に使用する。
また、「仙禽」のラベルには明記されていないが、一般的に精米歩合50%以下の米を使った日本酒を「大吟醸」と呼び、精米歩合が低いほど、日本酒独特のリンゴやバナナのようなフルーティーな香りである「吟醸香」を得やすいとも言われている。写真右は、玄米を削った際に出る糠(ぬか)を振り分ける機械。玄米の外側から赤糠、白糠、銀糠の3種類に分けられる。
精米歩合40%の山田錦。今回の米は、同社で定番となっている「モダン仙禽 無垢」に使用。
洗米/浸漬
米を蒸す前日の午後に洗米する。専用の洗米機で10kgずつ米を洗う。米の種類だけでなく、気温や水温の違いで米を洗う秒数が異なる。
洗米した米を約10分水に浸す。水を切って一晩置く。
蒸し
前日の午後に洗米し一晩置いたものを、翌朝の7時に蒸かす。蒸気を直接米にあてると、米に負担がかかるため、下にプラスチック製のダミー米を敷いて蒸気を和らげている。一般的に良い蒸米とは、外は硬く、中は柔らかい「外硬内軟」で、この状態にすると良い麹米ができると言われている。
蒸した米は写真の放冷機で、均一に冷ます。
麹造り

写真提供:クロダマキビ
室温が35度以上の製麹室(せいぎくしつ)で行われる。冷ました蒸米を写真の揉み床(もみどこ)に全体的に広げ、種麹(穀物に麹菌を繁殖させたもの)を振りかける。麹菌がまんべんなく行き渡るように混ぜる“床もみ(とこもみ)”をし、麹菌が繁殖しやすいように徹底した温度管理を行う。麹米は48時間かけてつくる。
出来上がった麹米。数粒食べてみるとほのかな甘みが感じられた。
酒母造り
日本酒を仕込むには多くの酵母が必要になるため、酵母を大量に培養する「酒母(しゅぼ)造り」を行う。酒母を造るための素材は、水、麹米、蒸米、乳酸(もしくは乳酸菌)、酵母(もしくは酵母無添加)だ。ここでなぜ乳酸を入れるかというと、酵母は他の微生物と一緒になると淘汰されてしまい、品質に悪影響を与えてしまう可能性があるが、酸性に強いという特徴があるため、酸性を保つことができる乳酸が必要不可欠になっている。また酒母造りは、液状の醸造用乳酸を加える「速譲系酒母」と、自然界の乳酸菌を取り込む「生酛(きもと)系酒母」に分かれる。
<速譲系酒母>
写真は速譲系酒母のタンク。「仙禽」の速譲系酒母は、蔵に流れる鬼怒川の伏流水から汲んだ水(仕込み水)と、麹米、蒸米、乳酸、栃木の酵母(Newデルタ)を合わせて、20℃以下で温度管理を行う普通速譲で造られる。10~12日かけて造り、2億個の酵母の培養を理想としている。速譲系酒母は「仙禽」の7割を占める。
<生酛(きもと)系酒母>
酒母造りの3割は生酛系酒母で、吉野杉の木桶を使う。仕込み水、麹米、蒸米を合わせ、6~7℃の環境に保つことで自然界の乳酸菌を取り込むことができる。そして、乳酸菌自ら乳酸をつくると、蔵に住み着いていた酵母が育ち始める。酒母造り全体の工程は50日以上の日数を要する。
また、生酛系の酒母造りの工程は、「生酛」と「山廃酛」に分かれる。生酛とは、米の糖化を促すために、櫂(かい)と呼ばれる棒を使って米をすり潰す「山卸し」を行うことを指し、山廃酛とは、この山卸しを廃止して麹のみで米を溶かすことを意味する。「仙禽」では、酒母造りの際の米の溶け具合を見て、生酛か山廃酛のどちらで造るかを決めている。
醪(もろみ)造り
<速譲系酒母を使った仕込み>
酒母造りを終えたら、日本酒の仕込みに入る。速譲系酒母を使う酒造りでは、まず温度調節が可能なサーマルタンクに酒母を入れ、麹米、蒸米、仕込み水を加える。これを「初添え」という。ここで1日、酵母の繁殖を待つ「踊り」を経て、その翌日に再度、麹米、蒸米、仕込み水を加える「仲添え」を行う。そして、その翌日に同様の素材を加える「留添え」を行う。これらの作業を3回行うことから「三段仕込み」と呼び、米の糖化とアルコール発酵が同時に行われる「平行複発酵」によって酒が造られていく。仕込みは約1ヶ月行われ、最終的に完成したものを醪という。
仕込み一日目の「初添え」。まだアルコール発酵が行われておらず、米粒もはっきりと残っている。
仕込み6日目。泡立っているのは、酵母が活発に活動し、二酸化炭素と炭酸ガスを出しながらアルコールを造っているため。
仕込み13日目。泡の量が少なくなり、玉泡の状態に。
<生酛系酒母を使った仕込み>
生酛系酒母の仕込みには、酒母造り同様に吉野杉の木桶を使用。三段仕込みで、踊りは2日間設けている。一つの木桶で仕込む量は、一升瓶で約2000本分。この酵母無添加の生酛系酒母でできた日本酒は「ナチュール」というブランドで売り出されている。

写真提供:クロダマキビ
上槽(じょうそう)
出来上がった醪を酒粕と液体に分けるために搾ること上槽という。「仙禽」では、造りたい日本酒の酒質に合わせ、袋吊り、佐瀬式、ヤブタ(自動圧搾機)の3つの方法で搾っている。
<袋吊り>
布でできた酒袋に醪を流し込み、口を紐で縛って、自然にしたたり落ちてきた酒の雫だけを集める。圧力をかけないため、華やかで繊細な香味が特徴と言われている。同社のプライムシリーズ「仙禽 一聲(いっせい)」「麗(うらら)」「醸(かもす)」がこの搾り方を採用。
<佐瀬式>
佐瀬式と呼ばれる方法で、醪を流し込んだ酒袋を槽(ふね)に敷き詰め、上からプレスして3日間かけて搾る。この際、初めにでてくる液体を「あらばしり」、その次が「中取り、中汲み」、最後が「責め(せめ)」と呼ばれる。
<ヤブタ>
通称ヤブタと呼ばれる自動圧搾機。室温が3℃の冷蔵庫の中に入っている。機械で一気に絞ることで、酒の酸化がほとんどないというメリットも。
「仙禽」の味わいとペアリング
「使用米の違いと日本酒の味わいに関しては、ワインのブドウ品種のような明確な違いはありません。並行複発酵という複雑な発酵工程を得るために、使用する酵母ですとか製造工程が大きく味に反映されます。ただ、味わいのイメージとしては、雄町を使った日本酒は、ふくよかで男性的、亀ノ尾は古代米と呼ばれていて、すべての米の元祖ですが、こちらはタイトで女性的、山田錦は雄町と亀ノ尾の中間でユニセックスなタイプです」(薄井氏)
モダンシリーズ

モダン仙禽
味わい:甘酸っぱくてジューシー
使用米:ドメーヌさくら・山田錦(モダン仙禽 無垢)、ドメーヌさくら・亀ノ尾(モダン仙禽 亀ノ尾)、ドメーヌさくら・雄町(モダン仙禽 雄町)
精米歩合:麹米40%、掛米50%
飲用温度:8~10℃
ペアリングの一例:洋食、肉料理と相性が良い。
- モダン仙禽 無垢 「モッツァレラチーズとトマトのサラダ」「シーフードマリネハーブ風味」「生春巻きサルサソース」「ピッツァ マルゲリータ」
- モダン仙禽 亀ノ尾 「茹でホワイトアスパラガス」「蒸し鶏の冷製」「夏野菜のラタトゥイユ」「茄子のオリーブオイル炒め」
- モダン仙禽 雄町 「ウニ料理」「紅鮭のバター焼き」「仔羊のロースト」「カニ味噌」
写真提供:クロダマキビ
クラシックシリーズ

クラシック仙禽
味わい:「仙禽」の特徴である「酸」が穏やかに表現されている
使用米:ドメーヌさくら・山田錦(クラシック仙禽 無垢)、ドメーヌさくら・亀ノ尾(クラシック仙禽 亀ノ尾)、ドメーヌさくら・雄町(クラシック仙禽 雄町)
精米歩合:麹米40%、掛米50%
飲用温度:12~15℃、40~45℃
ペアリングの一例:和食、出汁と相性が良い。
- クラシック仙禽 無垢 「穴子の白焼き 柚子胡椒」「蕎麦」「ヒラメの薄造り ポン酢」「川海老のから揚げ レモン添え」
- クラシック仙禽 亀ノ尾 「野菜のおひたし」「鶏ささみのタタキ 梅肉和え」「だし巻き卵」「筑前煮」
- クラシック仙禽 雄町 「白子ポン酢」「筍の木の芽和え」「鯛の塩焼き」「豚肉角煮」
写真提供:クロダマキビ
プライムシリーズ

仙禽 一聲(いっせい)
味わい:エレガントで、甘みを酒質の中心部分に。繊細でおだやか、控えめな酸が特徴
使用米:ドメーヌさくら・山田錦
精米歩合:麹米35%、掛米35%
飲用温度:5℃
ペアリングの一例:繊細な料理と相性が良い
- 「冬瓜のカニあんかけ」「湯葉料理」「はまぐりの酒蒸し」「アオリイカの刺身」
写真提供:クロダマキビ

麗(うらら)
味わい:華やかで繊細、上品で控えめな酸が特徴
使用米:ドメーヌさくら・山田錦
精米歩合:麹米17%、掛米17%
飲用温度:5℃
ペアリングの一例:シンプルで果実や野菜を使用した料理と相性が良い
- 「帆立貝とグレープフルーツのサラダ」「魚介類のゼリー寄せ」「ウニのムース」「海老しんじょうレモン添え」
写真提供:クロダマキビ

醸(かもす)
味わい:三種の品種が合わさり、シルキーな質感と緻密な厚みを表現する
使用米:ドメーヌさくら・山田錦+ドメーヌさくら・亀ノ尾+ドメーヌさくら・雄町
精米歩合:ドメーヌさくら・山田錦7%、ドメーヌさくら・亀ノ尾35%、ドメーヌさくら・雄町40%
飲用温度:5℃
ペアリングの一例:野菜、果物、バーブなど、香りの高い料理と相性が良い
- 「シーフードマリネハーブ風味」「生春巻き 柚子とレモン酢」「茹でホワイトアスパラガス」「モッツァレラチーズとトマトのサラダ」
撮影:ポケットコンシェルジュ編集部
ナチュール
フランス語でナチュラル(自然)を意味する「ナチュール」は、「日本酒の未来は生酛が担っている」というスローガンのもと、蔵の個性を生かして造られている。日本酒の製造技術がまだ発達していないころの古式の生酛を再現し、原料米は酒造好適米ではなく、古代米の亀ノ尾を使用。精米歩合も、その技術が発達していない時代に倣い、90%以上。酵母は加えず、蔵に棲みつく酵母を呼び込んで酒母を造る。仕込みの木桶ごとに酒質の個性が異なり、2017年の醸造は「仙禽 ナチュール un(アン)」「仙禽 ナチュール due(ドゥ)」「仙禽 ナチュール trois(トロワ)」「仙禽 ナチュール quatre(キャトル)」「仙禽 ナチュール cinq(サンク)」の5種類だ。
仙禽 ナチュール
味わい:芳醇でありながらみずみずしく、クリアなジューシー感
使用米:ドメーヌさくら・亀ノ尾
精米歩合:麹米90%以上、掛米90%以上
飲用温度:15~20℃、45~50℃
ペアリングの一例:肉料理を中心に、味付けの濃い料理と相性が良い
- 「子牛のスパイス焼き」「フォアグラのソテー」「エスカルゴバターソテー」「トンポウロウ」「牛テールシチュー」「ウナギの蒲焼」
「仙禽」が飲めるレストラン
西麻布 き久ち(東京・西麻布)

匠 達広(東京・新宿)

鮨 ばんど(東京・新宿)

【撮影】キミヒロ
【参考文献】日本酒の基(日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会)